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HAKASE

Author:HAKASE
北海道札幌市に生息中。「HAKASE」は子供の頃の愛称。何事にも超ドM的に取り組んでいます。技術士(農業部門)。フライフィッシング、B級グルメほか研究テーマ募集中!研究員も募集中です。

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HAKASEの研究室
超ドM的こだわりの世界へようこそ!
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てしおフットパス
この日は天塩町内の温泉に宿泊。天塩町内にはフットパスと呼ばれる遊歩道が整備されており、いくつかのルートがあるらしい。早朝、一番手軽そうな「鏡沼・天塩港コース」を歩いてみることにした。


温泉の裏に鏡沼という小さな沼がある。沼の横には木道が設置されており、これに沿って歩いていくことにする。
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時折小雨が降る中、遠くに二重の虹がかかっていた。
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鏡沼から離れて天塩港へと向かう。港内にはたくさんの漁船が停泊しており、朝一番の作業ではヒラメの入った箱が黙々と下ろされていた。
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天塩川の堤防へと向かう。全長256kmと北海道第2の長さを誇る川の海への出口がここである。その流れは滔々としていた。
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上流からカラフトマスの死骸が流れてきた。死んで他の小さな生物のエサとなり、それがカラフトマスの子を育て、また川へと帰ってくる。こうした自然のシステムがはるか昔からずっと続いてきて、そしてこれからも繰り返されていく。自然の摂理の中において人間の存在というのは本当に小さいものだ。
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天塩川の河川敷は公園として整備されている。約1時間ほどで噴水のある広場へ到着。ここから温泉へと戻ることにした。
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街のすぐ近くに自然が溢れている。田舎に住んでいるとわからないかもしれないが、これは立派な財産である。むじろ何もないということが逆に強みでもあったりする。自然という資源をどう生かすか、地域振興のカギはここに隠されていると思う。
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最強の虫除けスプレー
最近、デング熱がマスコミを賑わせている。蚊が媒介する病気とのことで、東京の代々木公園では蚊の一斉駆除が行われたり、新宿御苑が閉鎖になったりと大問題になっているようだ。また、これとは別に私の身の回りでも、蚊に刺されたところからバイ菌が入って腕や足がパンパンに腫れ上がったり、入院して治療した人もいる。

アウトドアでは蚊に遭遇する機会はかなり多いが、私は虫除けにハッカ油を使っている。実はこれがなかなかもの。空港やホテルのお土産屋さんなどで見かけたことがあると人もいると思う。この商品はスプレー、詰め替え用ボトル、スポイトがセットになっている。


山にはスプレーを持っていき、帽子や肌が露出しているところに吹きかけて軽くのばす。効果は絶大で蚊はほとんど寄ってこないし、数時間は効果が持続する。気を付けなければならないのは、刺激が強いこと。吹きかけた部分は痛いくらい涼しくなる。万が一、目に入ったら涙が止まらない。まあ、眠気防止にはいいかもしれない。
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このハッカ油、結構高価なものでお土産屋さんでは2000円位で売られている。もっと安いものはないか探していたところ、札幌市の登山用品店「秀岳荘」に置いているのを見つけた。内容量も多く、価格も685円と非常に手頃である。また、携帯に便利なスプレーもあるようだ。デング熱騒動がいつ終息するかわからないが、蚊を侮ってはいけない。日頃から万全に対策しておく必要があるだろう。
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羊蹄山登頂
倶知安へ帰省した際、子供達の要望を受け、久し振りに羊蹄山に登ることにした。メンバーは大学2年の長男、中学2年の次男、46歳の義兄、そして私の4人。ちなみに次男と義兄は初めての挑戦である。ルートは真狩コースから、前日夜に登山口がある真狩キャンプ場に宿泊した。


翌日、午前7時にキャンプ場を出発する。登山口で名前を記載して登り始める。長男が先頭をいいペースで登っていくが、次男と義兄はゆっくりとした登りである。私は最後尾について3人の状況を見ながら登っていく。
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7時30分に二合目到着。すでに次男と義兄は疲れている様子。頂上はまだまだ先である。気温が高いので飲料水の消費も激しくなる。
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8時30分に4合目到着。遠くに昆布岳が見える。途中で雨が降ってきたので合羽を着て登る。7合目付近からは足場が悪い急斜面が続く。ペースはかなり落ちてきており、10時50分にやっと9合目に到着した。
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11時30分に外輪山の一角である真狩ピークに到着する。義兄は足がつってしまい、ここで休むことにし、長男、次男、私の3人はザックをデポして空身の状態で最高点を目指す。今回は右回りの岩場にルートをとるが、足元が悪いところがあり、気が抜けない。
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12時13分に1898mの頂上に到着する。曇っていて景色は見えない。3人で握手をしてすぐに義兄の待つ真狩ピークへと向かう。
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所々で高山植物が咲いていた。紫や黄色の花がたくさんある。ゆっくり眺めている時間もなく先を急ぐ。
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真狩ピークで義兄と合流。ちょうど外輪山を一周した形になった。ここで昼食を食べながらゆっくりと休む。一瞬晴れ間が広がり、父釜の底が見えた。13時15分に下山を始める。
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登りと違って下りはヒザに負担がかかる。途中休みながらゆっくりと下る。よくこんなところを登ってきたなあと改めて思いながら下っていく。
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17時15分に登山口に到着。登り5時間15分、下り4時間と平均タイムよりもかなり遅いが、とりあえず無事に下山することができた。
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登山の後はそのまま「まっかり温泉」に入る。入浴料は500円。疲れた体に温かい湯が心地よい。天候が急変したり、足が痛くなったりと厳しい状況だったが、次男も義兄も初挑戦にしてよく頑張ったと思う。少しだけど親子の絆も深まったかな。
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今回の登山ルートをGPSで記録して地図ソフトのカシミール3Dにダウンロードしたもの。5合目から8合目までのジグザグした登りと外輪山を回っている様子が表現されている。次に登るときの参考にしたい。
羊蹄山真狩ルート

後志での連休
4日朝、岩内港にホッケ釣りに行く。毎年この時期にはホッケが釣れるのである。やはりたくさんの釣人がいるが、この日はかなりの強風。港内にもかかわらず波も結構高い。


せっかく来たので少しだけ竿を出してみようと準備に取り掛かる。なんと磯竿の穂先が折れている。仕方がないので1本だけ竿を出すが、寒くてやっていられない。車の中でアタリを待つ。
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巡視船が釣人に注意を呼び掛けている。周りもほとんど釣れている気配はない。1時間30分ほどでやめる。
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せっかくなので岩内町内を観光する。岩内岳の麓にある荒井記念美術館に寄ってみる。ここにはピカソの版画がたくさん収蔵されている。芸術の世界というのは奥が深いというか、自分に理解できない部分も多いが、何か心の叫びみたいなものなのかなと思う。
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今はどこでも生産されているアスパラガスであるが、岩内町が日本のアスパラガスの発祥の地であるらしい。かつて町内にはアスパラガスの缶詰工場もあったが、現在は飲料生産に転換されているようだ。
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午後からは留寿都村に山菜を採りに行く。山ワサビを探すが、なかなか見つからないので、ふきのとうを採る。沢筋にいくらでも生えている。どうやって食べるのかわからないが、採るとほんのりと春の香りがした。
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道の駅でソフトクリームを食べて、ついでにシュークリームを買って倶知安へと戻る。海あり、山ありの後志管内にとって春は最高の季節。その楽しみは無限大にある。
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山頂での卒業式
3月は卒業式のシーズンである。物事の節目において卒業式というのは特に感慨深いものがあるが、私にとっても忘れられない卒業式がある。昭和63年3月、大学の卒業式の翌日、私は札幌駅のホームに立っていた。そしてこの日朝一番の列車で登山仲間のI君とK君とともに東大雪山系にあるニセイカウシュッペ山へと向かった。

ちょうど1年前の3月にもI君とこの山に挑戦した。標高1883mと2千メートルには及ばないが、独立峰のため気象条件が厳しく、切り立った稜線や急斜面などの難所も多い。我々は最も困難と言われている南稜からの登頂を目指したが、予想以上に手強く、さらに悪天候が重なり雪洞に3日間閉じ込められて登頂は断念、下山した後も凍傷で10日間の入院を余儀なくされた。我々にとってニセイカウシュッペ山はまさに因縁の山であり、大学の体育館で卒業証書をもらうよりも、この山に登頂することこそ本当の卒業式だと考えていた。

昨年の失敗を教訓に綿密な計画を立てた。前年同様に南稜からのルートをとり、できるだけ装備の軽量化を図った。1日目に目標地点のパノラマ台まで到達し、2日目の昼には順調にベースキャンプを設営。天候も我々に味方してくれた。翌日、午前5時30分にベースキャンプを出発、小槍と大槍という難所も何とか乗り越え、午前9時30分にニセイカウシュッペ山の山頂に着いた。3人で登頂を喜び合って乾杯、I君はアパートの玄関に張ってあった紙の表札を頂上に埋めた。こうして僕らの卒業式は終わった。

卒業後、それぞれが違う道へと進んだ。I君は東北で就職し、その後も連絡を取り合っていたが、いつしか音信不通になった。K君は社会人山岳会に入ってメキメキと実力を付け、2000年の遠征隊メンバーの一員としてエベレストに登頂したと聞いた。今思えばあれがそれぞれの人生の分岐点だったのだと思う。私の方は色々あって登山に対する情熱がすっかり冷めてしまった。言うなれば登山に関しては卒業ではなく中退した形であるが、後悔はしていない。ただ、3月が来るたびに仲間達と山で過ごした決して戻ることのない日々を思い出すだけである。


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